「私の知らん街」P.2
- 塾長
- 3月29日
- 読了時間: 3分
2. 神戸の冬は、優しい冬やった
神戸の冬は、寒いといってもここまでじゃなかった。
雪なんてめったに降らへんし、降ったとしても次の日にはすぐ溶ける。駅前の道も、雪でぐちゃぐちゃになったりせえへんかった。空気もどこか柔らかくて、風が吹いても肌を突き刺すような冷たさじゃない。
駅前の商店街には、いつも明るいネオンが灯っていて、行き交う人の笑い声や、呼び込みの店員さんの声が絶えへんかった。屋台のたこ焼きの匂いが漂ってきたり、昔ながらの喫茶店からコーヒーの香ばしい香りがふわっと流れてきたり。そんな空気の中を歩いているだけで、なんとなく安心した。
そして、そんな日常の隣には、いつも西村優奈がいた。
「なあ、美沙。これ、半分食べる?」
学校の帰り道、優奈がコンビニで買った明石焼き風たこ焼きを差し出してきた。
「ええん? ほんなら、一個もらうわ。」
割りばしでぷるんとした生地をつまみ、口に放り込む。
「ん〜! これ、めっちゃうまいやん!」
ふわっとした生地に、ほんのり出汁の味。たこ焼きとは違う、やさしい味がじんわりと広がる。
「せやろ? これ食べたらさ、なんか『あー、今日もええ一日やったわ』ってなるんよな。」
優奈はニコニコしながら言う。
美沙は「それ分かる!」と頷いた。
「これ食べたら、もう一瞬でテンション上がるもんな!」
「そうそう! 美沙は落ち込んでもすぐ明石焼きで回復するからな。」
「それ、うちが単純みたいやん!」
二人で笑い合う。
美沙と優奈は、小学校からずっと一緒やった。
お互いの家も近くて、放課後にどっちかの家に寄ってしゃべるのが当たり前やったし、何か嫌なことがあったら、明石焼きを食べながら「まあええやん」って流すのが、二人のルールみたいになってた。
「なあ、次の休み、カラオケ行かん?」
「ええな! ほな、いつもので!」
「優奈が歌ってる間、美沙が変なダンスするやつな!」
「誰がやるかー!」
「いやいや、いつもノリノリで踊ってるやん!」
「それは優奈の選曲がアホみたいやからやろ!」
カラオケに行くと、優奈は必ず『学園天国』を入れて、美沙に「ヘーイ! ヘーイ!」の部分を叫ばせる。 そしてその後は、なぜか昭和のアイドルソング縛りになり、美沙がめちゃくちゃ適当に振り付けをつけて踊る、という流れになる。
「それにしても、あんた、どこでそんな古い曲覚えてくるん?」
「そんなん決まってるやん、お母さんの影響よ!」
優奈のお母さんは歌謡曲が大好きで、優奈の家に行くと大体、昭和のヒットソングが流れている。
美沙も最初は「なんやこれ」と思ってたけど、いつの間にか口ずさめるようになってた。
「美沙、今度一緒に昭和の名曲バトルやろや!」
「やるかー! うちは平成の子や!」
「平成って言うても、もう令和やで?」
「いや、うちは心はずっと平成やねん!」
「はいはい。」
優奈は笑いながら、美沙の肩をポンと叩いた。
そんな他愛もないやりとりが、ずっと続くと思ってた。
帰り道。
優奈は空を見上げながら言った。
「なあ、美沙。うちら、ずっと一緒やんな?」
「ん? そらそうやろ。」
美沙は、何の疑いもなく答えた。
「小学校から一緒やし、中学卒業しても、同じ高校行って、そんでまた同じ大学行ってさ。」
「おお、まさかの大学まで!」
「そらそうよ! で、たまに飲みに行って、仕事の愚痴言い合うねん。」
「めっちゃリアルやん!」
「そんで、おばあちゃんになっても、一緒に明石焼き食べてるねん。」
「それは最高やな!」
二人で「せやろ!」と笑い合った。
これからも、ずっとこんな感じやと思ってた。
でも、そんな未来は、たった数日後に崩れ去った。
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